昨日のブログの続き

昨日のブログの続きじゃないけど…

母や、
母がお世話になっている施設の利用者さんや
精神病院に入院している老人を見ていて、
痴呆症になってしまっても、
これまでに身につけたものは
消えないということが分かりました。

母は痴呆症の人が入所する施設に居るので、
そこに居る方は皆痴呆症なのですが、

多分、このおばあちゃんは
元気な時に人のお世話をしていたんだろうな…
という感じで
一生懸命人のお世話をしている人や、

何かにつけ
ありがとうと言って
感謝しているおばあちゃん、

挨拶ぐらいしろ!
とか言って一人で怒っているおじいちゃん、

私を見ると
いつもピースするか、
ジャンケンしてくるおじいちゃん、
(多分、私を子供か孫だと勘違いしてる)

童話の
読み聞かせのボランティアか何か
やっていたのでしょうか?
「おむすび、こーろころ」みたいな感じで
ずうっと童話を語るおばあちゃん、

「パパ、パパ!
あのバカ、なんで会いにこない!」と
多分旦那さんを呼び続けているおばあちゃん、

「ここを開けて
まだ生きているんだよ!
お母さん、ここを開けて!」
とずうっと言い続けているおばあちゃん、

ちなみに私の母は
今でも施設や病院で
働いているつもりでいます。

母の人生=仕事
でした。

こういう状況を目の当たりにして、
自分自身の事なんだけど
1つだけ良かったと思う事があります。

それは
私は一人っ子で両親が共働きで家に居なかったので、
ずうっと1人で家に居る事が当たり前でした。

外に遊びに行くのが嫌いだったので、
とにかく家の中に1人でこもって、
特に何もしなくても
全然平気で居る事が出来る。
それは今でもです。

老人になった時に、
1人で静かに
その状況にただ居れるって事は
ものすごい大事かもって思いました。

ああしたい
こうしたいという要求が強ければ
声出しがひどくなりますから、
集団生活不向きと判断されてしまい
施設には入所出来ないし…
(これ女性が多いです。)

あと
ありがとうって言う癖は
つけておこうって思いましたね。

昨日テレビを見ていたら
日本人で85歳の
世界的に有名な芸術家の男性が、

自分は小さい頃の戦争体験をまざまざと憶えている。
東京の目黒に住んでいたのだか、
アメリカ軍の飛行機が飛んできては
防空壕に隠れ、
防空壕から出ると一面焼け野原で、
死体がごろごろしていたと…

だから自分は死に対する認識がとても強い。

「死に対する認識が強いほど、
生きて創作する力が強くなる。」

それが
アートの創作の源になっていると
おっしゃってました。

85歳なのに
すごく強いパワーを感じる作品でした。

実は私も
死をいつも意識というか
覚悟して生きています。

父が癌で亡くなり、
壮絶だった闘病も最期も
全て間近で寄り添ったから…

父の死や母の病は
私に多くを学ばせてくれました。

よく夫に
「まだ40代なのに終活しているみたい」
と言われたりするのですが、
これは終活ではないんです。

生き急いでいる訳でもなく、

この芸術家の男性の感覚と同じで、
自分の死を認識出来たおかげで、
どう生きるかを細かくクリエイト出来る様になりました。

父が亡くなってからの
私の人生、
すごい変化とスピードだったと思いませんか?

光と闇みたいに
闇がなければ光は輝かない。
死を認識する事で
生きる時間が輝いてくる。
ただそれだけ…

やみくもに、
死や老いる事を嫌わなくていい。
恐れなくていい。

どうあがいても
全員
老いて死にますから…(笑)

だから
老後どうしようなんて考えなくていいですよ。

今出来る事は
良い癖をつける事。

お腹がすいてもイライラせず黙っていられる
とか、
ありがとうって何かにつけ言う
とかね!

今どう生きるか、
今何を身につけるか、
その延長線上に老いと死があります。

満足できる生き方をする、
良い癖を身につけるですね!!

もう一つのブログ↓
http://nanairowelina.jugem.jp/

elina xiá 🏵











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