世界を創る

今浸透しているキリスト教が
本物かどうかは定かではありませんが、
(それは又機会があったらお話しします)

キリスト教は一神教なので、
勧善懲悪の世界感ですよね。

唯一絶対の神が居て、
唯一絶対の悪がある。

日本人の信仰心は
八百万の神が根底にあるせいか
勧善懲悪はどうも受け入れ難い。

どちらかと言えば、
必要悪の方が受け入れやすいかもしれません。

それは
どういう事と言うと、
「悪い事や悪い人が居たけれど、
それにも意味があった…」
みたいな捉え方です。

霊性や調和に繋がるのは、
必要悪と捉える方だと思います。

勧善懲悪の世界では
常に分離が起こります。
戦争なんかも
勧善懲悪の成れの果てかもしれません。

それぞれの信仰や民族によって
造られる世界は変わります。

キリスト教の人達にはキリスト教らしい生きる世界が造られ、
仏教の人達には仏教らしい生きる世界が造られ、
インディアンの人達にはインディアンの人達らしい生きる世界が造られ、
日本人には日本人らしい生きる世界が造られます。

もっと小さく言えば、
個人個人でも
自分の生きる世界を造る事が出来るのです。

私は
どの世界にも間違いは無く
どの世界も必要だと思っています。
(本当、日本人っぽい考え方(笑))

今は大きな世界の事よりも
小さな個人の世界、
自分自身が創り上げる自分自身の生きる世界にコミット(専心)する時。
それを強く感じています。

大きな世界の影響力はとても強いし、
大きな世界に生かされているのも事実ですが、
そればかりに流されず、
ゆだねすぎず、
自分が心地良く生きる世界を
着々と創造する時です。

今を幸せにするには…
ここを幸せにするには…
自分自身を幸せにするには…
どうしたら良いのか?
それが一番大事。

色々錯乱させる情報や
誘惑する物がありますが、
一番大事な事を手放してはいけませんね。


elina xiá🌺







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