自分にとっての幸せとは

私が
素敵だなとか、
幸せそうに見えて憧れる人は、
ご夫婦仲良く助け合い
自然と共存し、植物や花に囲まれ、
動物と共に楽しく暮らしていました。

その方たちは、
海外と日本に居ます。

私にとっての幸せは
そういう姿でした。

ネットを見ればいろんな情報が入ってきます。

バリバリ仕事をしている人、
セレブな人、
加工したキレイな顔写真を載せて
あれ買いました、エステ行きました、ランチしましたと日々充実してる人、
沢山の人脈がある人、
カリスマだったり有名な人…
本当に色々居るけど
一切魅力を感じる事は無く、
私の幸せの形はそういうものではありませんでした。

以前あるクライアントさんに、
「私ぐらいの年代になると幸せそうな人はあまり居ない。
親の介護の問題だったり、
自分や家族が病気を持っていたり、
夫婦の事や子供の事や仕事の事で悩んでいたり…
そんな中で
エリナさんだけは本当に幸せなんだなぁって思える。」という様な事を言われた事があります。

そのクライアントさんは
「エリナさんは苦労もされている」ともおっしゃってました。

そうですね。
人と比べられる様なものではないけれど、
悲しい事、辛い事、苦しい事、大変な事、
一通りの経験はしてきたつもりです。

そんな私でも幸せそうだと思ってもらえた。

こんな風に一通り経験して、
年齢を重ねても幸せになれるのです。

私の日々の生活は育てる者がいっぱいで
犬や花や野菜。
子供はもう社会人で自立しましたが
母親としての役目が終わった訳ではありません。

育てている者が居ると
日々縛られ、
決して自由ではありません。

だけど
毎日犬が安心して大の字になって寝ていたり、
楽しそうに遊んでいたり、
健康で走り回っている姿を見ると
私はとても幸せを感じるのです。

花がキレイに咲く事もそう。

息子がたまに帰ってきて
元気な姿を見せてくれるのもそう。

夫が健康で幸せそうに見えるのもそう。

それが私にとっての最高の幸せ。

その為に、
私自身が本当に幸せで在らねばならないって思っています。

だって私が不幸なら
私の周りに居る家族はなんらかの影響を必ず受けるし…

私が本当に幸せなら
家族に何かあった時助ける事も出来るし、
小さなハッピーをプレゼントする事も出来る。

私には
認知症で自力で座る事すら出来ない母が居ます。

でも私が幸せだから
母も今、
母にとって最善の環境に居るのだと思います。

これは最高に欲張りな事かもしれませんが、
愛する者達が美しい環境の中で幸せである事、
それが私の幸せです。

自分にとっての幸せすら分からないという声をたまに聞きます。

今はとにかく
削ぎ落として、手放して、クリアに…

そして
あれもいいな、これもいいなと欲張らず
一点にマトを絞る事です。

私は愛にマトを絞りました。

愛に勝るものはなく
無限の可能性があります。

elina xiá

☆セッションはお休みしています。
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(相談かどうかはご自分で判断して下さい)

今は新しい地球への移行期間。
皆さんもご自分に集中して下さいね。












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